GEOENG 地質学と建設コンサルタント(理学と工学の融合へ)

上昇するヒマラヤとアジア・モンスーン


ヒマラヤのテクトニクス
2022.8.31
125周年記念特集 構造地質学の最近25年の成果と今後の展開(その1)
地質学雜誌 第123巻 第6号,353-421ページ,2017年 6月


酒井治孝・今山武志・吉田孝紀・朝日克彦,2017,ヒマラヤのテクトニクス.地質雜,123. 403-421. (Sakai, H., Imayama, T., Yoshida, K. and Asahi, K., 2017, Tectonics of the Himalayas. Jour. Geol. Soc. Japan, 123,403-421.)

はじめに
 約5000万年前のインド亜大陸とアジア大陸の衝突によって形成されたヒマラヤ山脈では,現在も大陸の衝突と沈み込みが継続中であり,ヒマラヤは大陸衝突型造山帯の研究にとって世界で最も良い対象となっている。近年,ヒマラヤ・チベットの地城でも奥地まで道路網が延び,ラサまで鉄道が引かれるようになり,その研究者の数は爆発的に増えている。それとともに,様々な分野の先端的な手法を用いた新しいデー夕や斬新なアイデアに満ちた論文が続々と発表されるようになってきた。そこで専門外の分野の研究者のために,またこれからヒマラヤを研究したいと思っている若い人達のために,「ヒマラヤのテクトニクス研究の最前線」を紹介することを目的に,研究が最も進んでいるネバールにおける研究成果を中心に本総説を執筆した。
 本論文では最初にヒマラヤの主要断層と変動地形を(朝日克彦分担),次にヒマラヤの中核を成す変成帯の形成とその上昇,およびそれに伴う花崗岩の生成について解説した(今山武志分担)。さらに変成帯が地表に出てから形成された巨大なナッブの運動と熱履歴(酒井治孝分担),および山脈形成のテクトニクスと削剥の歴史が記録された前縁盆地堆積物について解説した(吉田孝紀分担)。そして最後に,衝突以来の山脈上昇の主要なイベントを整埋し,そのメカニズムについて説明を試みた(酒井治孝分担)。
 ヒマラヤ山脈とチベット高原のテクトニクス,および両者の上昇に伴う環境とモンスーン気候の変遷については,1997年に地質学雑誌の特集号「ヒマラヤ山脈とインド洋に記録された環境変動」, 2005年に同誌特集号「ヒマラヤ−チベットの隆起とアジア・モンスーンの進化,変動」を出版してきた。ヒマラヤのテクトニクスに関心をお持ちの方は,この2つの特集号も参照して頂きたい。

(要旨) 
 現在,ヒマラヤの造山運動は次のように考えられる。ヒマラヤの4つの地質帯 (Tibetan Tethys sediments, Higher Himalaya, Lesser Himalaya, Sub-Himalaya) を画するブレート境界断層の活動が,北から南へと移動するのに伴い山脈は上昇・隆起してきた。1)大陸衝突以前に深度100kmを超えるマントルまで沈み込んだテチス海の海洋プレートがslab break-offしたことにより,約50〜35 Ma (Eocene)にチペッ卜前縁山地が急激に上昇した。2)次にインド亜大陸の北縁の上部原生界の地層が沈み込み,地下約40kmに達し中圧型の変成作用を被ったが,デラミナーション(delamination)を起こし,22〜16Ma (Early Miocene) に急激に上昇した。3)約15Ma (Middle Miocene) に地表に露出した変成帯は上昇を続け,南方のレッサーヒマラヤを構造的に覆い変成岩ナップを形成したが,その運動は11〜10Ma(Late Miocene) に停止した。4)それ以降ナップと下盤の弱変成したレッサーヒマラヤ堆積物は,その先端から北方に向け約10km/Myrの速度で冷却した。5)また運動停止後,その前縁に生じたMBT (Main boundary Thrust) に沿ってインドブレートの沈み込みが始まり,3〜2.5 Ma (Pliocene) には南方のMFT (Main Frontal Thrust) に移動し,それによってヒマラヤ前縁山地とシワリク丘陵が誕生した.
(注)地質相対年代は当サイトによる補足

Abstract
 The Himalayan range was formed and uplifted in association with the southward migration of plate boundary thrusts that separate the Himahiya into four belts. Initially, during 50-35 Ma, the Tibetan marginal mountain range vas uplifted after slab break-off of the Tethyan oceanic plate, which was subducted under the Asian continent to depths of up to 100 km.
 During the second stage at 〜35-25 Ma, the Mesoproterozoic sediments deposited on the northern passive margin of the Greater India were subducted and underwent moderate-pressure metamorphism at depths of 〜40 km.
 Subscquent to metamorphism, metamorphosed continental crust was separated from the underlying mantle by delaminalion, and its rapid exhumation and associated amphibolite facies metamorphism occurred during 22-16 Ma, Partially melted metamorphic rocks generated granitic melt that intruded both metamorphic rocks and Tibetan Tethys sediments during the Miocene. Exhumation of the metamorphic belt continued after its exposure at 〜15 Ma, forming an extensive metamorphic nappe covering the Lesser Mimalayan sedimcnls.
 After ceasing movement at 11-10 Ma, the Indian plate started to subduct along the Main Boundary Thrust (MBT), which was newly formed in front of the southern margin of the metamorphic nappe. At the same time, the nappe and weakly metamorphosed underlying Lesser Himalayan sediments started to cool laterally from the southern front to the root zone at a rate of 〜10 km/Myr. At 3-2,5 Ma, the plate boundary fault shifted to the Main Frontal Thrust (MFT) to the south of the MBT, causing rapid uplift of the marginal range of the Lesser Himalaya and the Siwalik Hills. Today, the Indian Plate is converging with the Asian Continent at the rate of 58 mm/yr, and half of this convergence is consumed by uplift of the Siwalik Hills along the MFT,
Keywords: Himalayas, collision, orogeny. inverted metamorphism, nappe, tectonics, foreland basin

(内容)
・はじめに
・ヒマラヤの主要断層と変動地形
 ネパールでは南から北へ、
(1)主前縁衝上断層MFT (Main Frontal Thrust)
(2)主境界衝上断層MBT(Main boundary Thrust)
(3)主中央衝上断層MCT (Main Central Thrust)
(4)南チベットデタッチメントSTD(South Tibetan Detachment)
が東西走向、北傾斜でほぼ平行に並び、地形・地質境界をなしている。これらの主要な衝上断層に挟まれる地帯は、
(1)サブヒマラヤ帯 (Sub-Himalaya) MFT-MBT
(2)レッサーヒマラヤ帯 (Lesser Himalaya) MBT-MCT
(3)高ヒマラヤ帯 (Higher Himalaya)に区分される。MCT-STD

 ネパールの活断層分布については、Nakata(1982)によって、明らかにされ、概ね上述の断層に沿って発達していることが知られている。その後、熊原・中田(2002)によって活断層の分布と変位様式が再検討されている。
(1)主前縁衝上断層(MFT)と主境界衝上断層(MBT)
 MFTは、高ヒマラヤの地下において、高ヒマラヤ帯とインドプレート下部地殻との境界をなす「主ヒマラヤ衝上断層(MHT)」のデコルマ※1が地表に達している断層と考えられている。
 ※1;decollement or detachment;低角断層における地層に平行な大規模すべり(断層)帯
 インド亜大陸北上による地殻の短縮(58mm/yr)の概ね半分に当たる21o/yrが本断層帯に沿って生じる変位で解消されている。MFTとサブヒマラヤは更新世中期から活発に活動している。MFTに沿った活断層は主に北傾斜・南落ちの逆断層であり、シワリク丘陵を形成した。MBTに沿った活断層は主に北落ちのセンスをもち、熊原・中田(2002)は、MBTとMFTが地表下でつながる補完的関係をもつことを示唆した。
 更新世後期から完新世の河岸段丘の編年から、サブヒマラヤの侵食速度は10-15o/yrと大きく、サブヒマラヤの隆起速度と同程度とみなされている。

(2)主中央衝上断層(MCT)
 高ヒマラヤは、ヒマラヤを南北に縦断する水準測量やアパタイトのフィッション・トラック年代による研究から、今日でもなお上昇していることは間違いないと思われる。ヒマラヤの大地形はMCTを遷急点として急激に隆起し標高が8,000m級に達するが、活断層は北落ちを示し逆断層となっていない。これは、活断層による断層運動と山体の隆起運動は別の営力によるものとする考え方がある。

(3)南チベットデタッチメント(STD)と高ヒマラヤを裂く地溝帯
 高ヒマラヤ帯をなす変成帯の最上部は、STDと呼ばれる低角の正断層で切られている。ヒマラヤの北斜面はSTDに画されたテチス堆積物から成る。デタッチメントの活動時期はエベレスト地域では22〜19Maとされており、変成帯の急激な上昇、および、テチス堆積物との境界への優白色花崗岩の併入に伴い、上盤のテチス堆積物が変成帯か引き剥がされたものと考えられている。(酒井,1997)


 Geo-tectonic division of the Himalayan range

・巨大地震と活断層の関係
(1)ビハール・ネパール地震 1934年(M8.1)
  MFTに沿って東西150km以上の地震断層が生じたとされる。
  1255年6月7日 地震イベント復元,1000年に2回の巨大地震
(2)2015.4.25 ゴルカ地震(M7.8)
 震源の深さが約15kmで、MCT地下構造のMHTのデコルマの動きで発生した、と考えらえている。


 Main Active Faults of Himalaya

・変成作用と変成帯の上昇
 ヒマラヤには、大陸衝突帯の広域変成作用を特徴づける中圧型変成帯が、レッサーヒマラヤ帯から高ヒマラヤ帯にかけて露出している。高ヒマラヤ帯の変成岩類(角閃岩相上部〜グラニュライト相下部)は、レッサーヒマラヤの変成岩類(緑色片岩相〜角閃岩相上部)の上に、MCTに沿って覆いかぶさり、構造的下位から上位に変成度が上昇する逆転温度構造になっている。
 逆転温度構造の成因には諸説がある。とくに、より高温の変成岩が比較的地殻の浅い部分までどのように上昇したかは未解決な問題である。
 高ヒマラヤ帯の広域変成作用は、(a)始新世後期から漸新世(約43〜24Ma)の地殻の厚化による中圧型変成作用と、(b)中新世初期(約24〜15Ma)のより高温の変成作用に区分されてきた。前者は藍晶石(Kyanite-Migmatite),後者は珪線石(Sillimanite-Migmatite)の生成,MCTやSTDの断層運動や優白色花崗岩の生成と関連付けられる。
 ヒマラヤでは上記の広域変成作用に加えて、沈み込みから大陸衝突にかけて起きた超高圧変成作用や大陸衝突後に起きた高圧変成作用が知られている。超高圧変成岩類はパキスタンKhaghn valleyや北西インドTso Morariに露出する。これらの超高圧エクロジャイトや片麻岩はコース石を含み、約55〜46Maに22〜39kbr、700〜790℃の超高圧下で変成作用を被った後に、急速に上昇し、約45〜35Maにグラニュライト〜角閃岩相の後退変成作用を被った(Kaneko et.al.,2003,otheres)。高圧型変成岩類は、南チベットKharta地域や東ネパールArun地域で知られており、変成ピーク条件は少なくとも15kbr以上、580℃以上とされ、エクロジャイトを産する。

・変成帯の部分溶融と花崗岩の生成
 高ヒマラヤ帯優白色花崗岩は、堆積岩を起源とするS-type花崗岩類で、パーアルミナスな全岩組成をもつ。RbやU濃度、Sr同位体比が高く、酸素同位体比が低いなど、大陸地殻由来の地球化学的特徴がある。これらの花崗岩からの放射年代の多くは中新世初期(24〜17Ma)を示す。高ヒマラヤ帯には古生代初期の火成活動や変成作用が知られており、高ヒマラヤ帯の変成堆積岩が部分溶融して、優白色花崗岩が生成したことが示唆される。

・変成岩ナップの運動と熱履歴
 ヒマラヤでは2つの地域にナップが分布する。
 a)オフィオライトナッぺ、クリッペ
 テチス堆積物分布域における、インダス・ツァンポー縫合帯から南に最大50km張り出した、海洋プレートのオブダクションobductionに伴う。
 b)変成岩ナップ(便宜上の総称)
 高ヒマラヤの南斜面から南のレッサーヒマラヤ帯に80〜120km張り出したHHCナップ(Higher Himalayan Crystalline nappe),および
その下位のレッサーヒマラヤ堆積物からなる準現現地性のクンチャナップ(Kuncha nappe)から成る。
 本稿では編者のグループにより研究が進んでいる変成岩ナップについて述べている。
(1)ナップの構成と構造
 変成岩ナップは東西延長約2,400kmのヒマラヤ弧に沿って分布しており、高ヒマラヤのいわゆるルートゾーンからその先端までの南北幅は80〜120kmに及ぶ。HHCナップは通常、藍晶石や珪線石を含む中圧型の変成岩から成り、その厚さは中央ネパールのカトマンズナップで約8,500m、西ネパールのカナリヤ地域では7,000mと見積もられている。
 クンチャナップは1.9〜1.75Ga原岩堆積年代をもち、レッサーヒマラヤ堆積物の下部を成す準現地性のナップである。厚さ4,000m以上の千枚岩〜準片岩からなるKuncha層とOrtho-quartziteを含む石英砂岩層から構成される。
Kuncha層中には1.9〜1.8Gaの年齢をもつ花崗岩と玄武岩〜ハンレイ岩質岩石を挟む。花崗岩はしばしば剪断され眼球片麻岩となっている。

(2)変成岩ナップの出現と運動停止:15〜11Ma
 変成岩の地表露出の年代は、エベレスト山頂直下の変成帯最上部のイエローバンドから求められている。STD直下のイエローバンド中のジルコンとアパタイトのFT年代、およびSTD中に貫入してマイロナイト化した花崗岩の白雲母の40Ar-39Ar年代は閉鎖温度が約250℃違うにも拘わらず共通して14.4Maの年代を示す(Sakai et.al.,2005;酒井,2005)。したがって、14.4Ma頃に変成帯は地表に露出し、急冷したものと考えらえている。
 変成岩ナップ直下のレッサーヒマラヤ堆積物に含まれる砕屑性ジルコンのFT年代から、ナップは11〜10Maには240℃以下に冷却し(ジルコンのFTの閉鎖温度は300〜240℃とされているが、本稿では便宜上240℃と記す)、延性変形は出来なくなり脆性破壊の領域に達したとみなされるので、その運動は遅くとも11〜10Maにはほぼ停止したものと考えられる。
 ナップの移動距離と年代差の関係から、その前進速度は南南西の方向に30〜40mm/yr、上昇速度は約11〜14mm/yrと推定される。

(3)ホットなナップとその上盤・下盤の被熱・冷却史
 HHCナップ、クンチャナップ、さらに下盤のレッサーヒマラヤ堆積物もナップの先端ではすべて一体となって11〜10Maにジルコンの閉鎖温度である240℃以下に冷却している。変成岩ナップの中央部やルート部のデータから閉鎖温度の等温線の北方後退速度は約10km/Myrと求まる(Sakai et al.,2013b)。

(4)HHCナップの起源
 ヒマラヤの変成岩ナップは、地表に露出後1,500万年にわたって先端部から徐々に冷却しており、ヒマラヤ稜線の北方約10kmの地下の現在の温度が240℃であることが推定されている。また、ナップのルートのMCTに沿って、60〜70℃の温泉が各地で湧き出していることは、熱源が北方に存在することを示唆する。
 その熱源はナップのルート部分の約100km北方から南北幅220km以上にわたって広がる部分溶融したチベットの中部地殻に求められる(酒井,2015)。地殻の部分溶融温度は少なくとも700℃以上に達していると考えられる。


Schematic model of northward cooling of the Himalaya metamorphic nappe and its linkage to the partially melted mid-crust of Tibet,modified after Sakai(2015).

・前縁盆地からヒマラヤのテクトニクスを読む
 インドとユーラシアの大陸衝突のタイミングを推し測る方法として、地形変化に起因する堆積物の層相の変化や不整合面形成が重視されてきた。そのような地形変化は西ヒマラヤで55〜50Maに始まり、東ヒマラヤでは45Ma以降に始まったと考えられている。インドプレートの運動速度の減少や衝突による地形変化については、研究者間でも異なるモデルが示されているが、「15〜11Ma頃(中〜後期中新世)にはヒマラヤ山脈が形成された」ことは共通の見解になっている。

(1)シワリク層群以前のヒマラヤ前縁盆地堆積物
 これまで最も古い前縁盆地堆積物は、前縁盆地西部のパキスタンや北西インドで認められる暁新統(Paleocene)〜始新統(Eocene)(約55Ma:Balakot層)とされる。他のシワリク層群以前の各所のヒマラヤ前縁盆地堆積物は、始新統〜漸新統(Oligocene)のデルタ成〜浅海成や河川の堆積物から成る。

(2)シワリク層群 堆積環境と供給源
 シワリク層群は、ヒマラヤ前縁盆地を埋設した堆積物として広く知られ、伝統的に下部、中部、上部に三分されることが多い。その年代は中期中新世(約16Ma)から前期更新世(1Ma)に及ぶ。ネパールではその全層厚は4,000〜6,000mに達する。層相は砂岩を主体とする小規模な上方細粒化シーケンスから構成され、全体的には上方粗粒化を示し、最上部は約1Maの土石流堆積物(Boulder Conglomerate)から成る。
 ヒマラヤ山脈の前縁盆地堆積物では、砂岩組成、重鉱物組成、砕屑性ジルコンの放射年代を主軸に研究がされてきた。シワリク層群における砕屑物の組成変化は様々な地域で検討が進み、高度変成岩類からなる次のような一定の後背地像が構築されている。
@中新世前期から中期初頭にかけての、石英質な非変成岩と藍晶石・珪線石・十字石などを産出する高度変成岩を含む後背地
A中新世中期での様々な変成鉱物を産する高度変成岩から構成される後背地
B中新世後期での高度〜低度変成岩や非変成堆積物からなる後背地

(3)ベンガルファンからのアプローチ
 陸上侵食を受けずに堆積物が保存され、微化石などによる詳細な堆積年代が得られる深海扇状地堆積物は、詳細なヒマラヤ山脈の削剥史を記録していると考えられる。これまで、DSDP,ODP,IODなどの国際深海掘削プロジェクトが実施され、成果がもたらされている。深海扇状地堆積物は微化石を用いて詳細な堆積年代を決定することが出来るため、ヒマラヤの削剥・上昇史に大きな貢献をすることが期待されている。

・ヒマラヤの上昇・隆起とそのメカニズム
 インド亜大陸がアジア大陸に衝突して以来プレート境界断層の位置は、インダス・ツァンポー縫合帯からMCTへ、そしてMBTへと南方に移動し、現在最前線はMFTに位置している。これらの断層活動に伴い上昇の中心も北から南に移動し、それぞれチベット縁辺山地、高ヒマラヤ、そしてレッサーヒマラヤの前縁山地を上昇させた。

(1)インダス・ツァンポー縫合帯周辺の50〜35Maの上昇
 55Maまでアジア大陸の縁辺に沈み込んでいたテチス海の海洋リソスフェア―上部(最大厚さ>4km)は、衝突に伴い南側のインド亜大陸の陸棚〜コンチネンタル・ライズに堆積していた後期白亜紀のテチス堆積物を切って、その上にオブダクションしている。(超高圧変成岩のエクロジャイトの変成作用の年代、深度、上昇速度の研究から、)大陸衝突前に沈み込んだテチス海の海洋プレートは、50〜35Maの間に急激に上昇し、それに伴い地表は急激な隆起をしたものと推定される。

(2)高ヒマラヤ変成帯の25〜15Maの急激な上昇
 ヒマラヤの8,000m級の山々の山頂部を成すのは、浅海で堆積したテチス堆積物か、あるいは地下約40kmの大陸地殻下部で形成された変成岩である。すなわち、沈み込んだインド亜大陸は中圧・高温型の変成作用を被った後、約50km上昇したことを物語っている。中圧型の変成作用のピークは約35〜30Maであり、その後の25Maから15Maにかけて変成帯は急激に上昇している。
 25Maから15Maの1000万年の間に変成帯が約40km上昇したとすると、その上昇速度は4o/yrと推定される。

(3)3〜2.5Ma以降のヒマラヤ前縁山地とシワリク丘陵の形成
 レッサーヒマラヤの南部を成すヒマラヤの前縁山地(ネパールではマハバーラト山地)とシワリク丘陵は、最近の3〜2.5Maに急激に隆起して誕生したことが分かっている。
 ヒマラヤの前縁盆地に水平に堆積したシワリク層群は、プレート境界断層の先端がMBTからMain Dung Thrust(MDT)に、さらに南方のMFTに移動したことに伴う断層運動によって地殻短縮が発生し丘陵を形成した。
(詳しくは地質学雑誌特集号の酒井(2005)に掲載している)

(4)第四紀の高ヒマラヤの上昇
 ヒマラヤ山脈の現在および第四紀の隆起速度については、ジルコンやアパタイトのFT年代や[U-Th]/He年代をもとに、アンナプルナ山塊やエベレスト山塊等で研究が行われている。

 表-1 第四紀の高ヒマラヤの平均削剥(上昇)速度
山塊
地域・河川
標高(m)
年代
平均削剥(上昇)速度(mm/yr)
アンナプルナ

有田・雁沢
(1997)
カリガンダキ川

モディコーラ川
1450

〜2895
鮮新世〜前期
更新世
0.8
第四紀
3<
1.2Ma〜現在
6.2
アンナプルナ

〜マナスル

Blythe et.
al(2007)
マルシャンディー河谷
500

〜4000
2〜0.8Ma
1.5
0.8Ma以降
2.5〜5
エベレスト

Streule
et.al
(2012)
エベレスト頂上に
至る
886

〜8848
前期〜中期中
新世
約1.8
中期〜後期中
新世
約1
鮮新世
約1.7
9Ma以降HHC
1〜2

 ただし、ガンジス平原北端の中国との国境に至る道路沿いの水準測量では、高ヒマラヤ地域の隆起速度は6〜8mm/yrと観測されている。また、中央ネパールのヒマラヤ山脈を南北に横断する測線に沿って観測された測地学データは、レッサーヒマラヤから高ヒマラヤにかけて、約4〜6mm/yrの速度で山地が隆起することを示している。(Jackson and  Bilham,1994)

(5)ヒマラヤ山脈の上昇・隆起のメカニズム
 プレートテクトニクスによって世界の造山帯を総括したDewey and Bird(1970)は、衝突した大陸プレートはマントル深くに沈み込めず、先行して沈み込んだ海洋プレートだけが破断してマントルに落下する slab break-offというモデルを提唱した。
 その後、Bird(1978)によってヒマラヤ山脈の形成過程を例に提唱されたのが delaminationモデルである。彼はプレートの力学的強度分布に着目し、マントルと地殻の境界で強度が最小になることに着目し、衝突した大陸地殻からマントルリソスフェアが剥がれ(delamination)、それが進行し最後にはslab break-offが発生すると考えた。
 現在では地震波トモグラフィーによって、インド亜大陸のマントルに、slab break-offしたスラブと思われる地震波速度の遅い巨大な塊が分布することが分かっている。また、チベット高原南部からヒマラヤ北縁部を南北に横断する地球物理探査プロジェクトによって、南北幅225km、地下15〜45kmの中部地殻が部分溶融していることが判明している。
 ヒマラヤ山脈の上昇と隆起のメカニズムについては、多くのモデルが提唱されているが、まだスタンダードと言われるものがない。本論のまとめは、
 1)縫合帯周辺での50〜35Maの上昇
 2)高ヒマラヤ帯の25〜15Maの急激な上昇
 3)変成岩ナップの11Maの運動停止後の隆起
の3つの時代に分けて整理されている。
(以上)


ヒマラヤ山脈の形成とアジア・モンスーン気候
2022.8.31
 ヒマラヤ山脈とチベット高原のテクトニクス,および両者の上昇に伴う環
境とモンスーン気候の変遷について
(1)1997年 3月 地質学雑誌 第103巻,第3号,特集号「ヒマラヤ山脈と
インド洋に記録された環境変動」,p191-327

口 絵
・ヒマラヤ山脈に記録されたテクトニックイベ ントと環境変動 XI―XU
 酒井治孝・ 金子慶之
・インド洋の海底地形とヒマラヤ・チベット高原・・・pXV―XIV
 野村律夫・平 朝彦・原田 靖


  Geological map of Himalayan Range


     掲載論文の研究地域位置図

目次

1)インド亜大陸のラジマールヒルとマハナディ地濤帯 における古地磁気研
究と40Ar/39Ar年 代−ゴンドワナ大陸の復元− ・・・p192−202
酒井英男・ 船木 實・佐藤友紀・ 瀧上 豊・酒井治孝・広岡公夫
2)Two-step exhumation model of the Himalayan metamorphic Belt,
central Nepal・・・p203−226
Yoshiyuki Kaneko
3)A discovery of deformed oolite from metamorphic rocks of the Main
Central Thrust zone in Western Nepal・・・p227--231
Harutaka Sakai,Haruka Yamaguchi and Yoshiyuki Kaneko
4)ヒマラヤ変成岩,花崗岩の40Ar−39Ar年代における問題点・・p232--239
 瀧上 豊・ 金子慶之
5)エベレスト直下のデタッチメント断層とそのヒマラヤ造山運動におけるテ
クトニ ックな意義・・・p240--252
 酒井治孝
6)Uplift of the Himalaya and climatic change at 10Ma―Evidence from
records of carbon stable isotopes and fluvial sediments in the
Churia Group,central Nepal・・・p253--264
 Satoshi Tanaka
7)Miocene leaf-fossil assemblages of the Churia(Siwalik)Group in
Nepal and their paleoclimatic implication・・・p265--274
Masahiko Konomatsu
8)インド洋における国際深海掘削計画(ODP)の成果と展望・・p275--279
平 朝彦
9)インド洋の新生代古海洋−モンスーン発達以前の古海洋の変遷―
 ・・・p280--303
 野村律夫・瀬戸浩二・西 弘嗣・竹村厚司・岩井雅夫・本山 功・丸山俊明
10)モンスーンとインド洋の第四紀古海洋学・・・p304--312
 高橋共馬・岡田尚武
11)インド洋の古海洋変動とヒマラヤ山脈のテクトニックイベントの対応
・・・ p313-327
 西 弘嗣・酒井治孝


(2) 2005年11月 地質学雑誌 第111巻,第11号,特集号「ヒマラヤ−チ
ベットの隆起とアジア・モンスーンの進化,変動」,p631--724



口絵
・ヒマラヤ・チベット山塊の高度上昇実験によるケッペンの気候区分
の変化・・・]T],鬼頭昭雄
・古カトマンズ湖ボーリング計画・・・]]
 酒井治孝・藤井理恵・桑原義博
・完新世におけるメコンデルタの発達・・・]]T
 グエン ヴァン ラップ・タ チ キムオーン・立石雅昭・
 小林巌雄・斎藤文紀
・北中国の後期新生代風成堆積物・・・]]U
 孫 有武・強 小科・多田隆治

目次
1)日本海堆積物に記録された東アジア冬季モンスーン変動のシグナル
・・・p633--642
 池原 研・板木拓也
2)ルミネッセンス年代測定法の最近の進歩−適用年代の拡大と石英のOSL成
分について・・・p643--653
 塚本すみ子・岩田修二
3)チベット高原の隆起がアジアモンスーンに及ぼす影響に関する気候モデ
ルシミレーション・・・p654--667
 鬼頭昭雄
4)アジア・モンスーンの進化と変動−そのヒマラヤ−チベット隆起とのリ
ンケージ−・・・p668--678
 多田隆治
5)レス・湖沼堆積物記録からみたアジアモンスーンと氷期−間氷期サイクル
の関係・・・p679--692
 山田和芳・福澤仁之
6)宇宙線照射生成核種を用いた地球表層プロセスの研究・・・p693--700
  横山裕典・安瀬貴博・村澤 晃・松崎浩之
7)ヒマラヤ山脈とチベット高原の上昇プロセス−モンスーンシステムの誕
生と変動という視点から−・・・p701--716
   酒井治孝
8)ヒマラヤ・チベットの隆起とアジアの大規模デルタ:デルタの特徴と完
新世における進展・・・p717--724

(以上)

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