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深海掘削計画(IODP) その2


「深海掘削計画(IODP)10年の成果(その2)」前半部
2019.2.19
地質学雑誌 第124巻 第1号 2018年1月号(その1)
地質学会創立125周年記念特集「深海掘削計画(IODP)10年の成果(その2)」前半部

前半部の3論文の概要
1)山本正伸;総説 北極海の古海洋研究:現状と課題,p3-16
2)朝日博史・高橋孝三・岡崎裕典・小野寺丈尚太郎;IODP Expedition 323ベーリング海掘削航海の成果と今後の展望:全球水循環・気候変動に関わる顕著な役割,p17-34
3)川幡穂高・横山祐典・黒田潤一郎・井龍康文・狩野彰宏;IODP航海における炭酸塩トピックス,p35-45

(1)北極海の古海洋研究がはじまってから60年になる。2004年に行われたACEXにより,新生代寒冷化に関わる本質的な発見があり,北極海古海洋研究の重要性が広く認識された。近年の北極海を取り巻く環境は温暖化を含め著しい変貌をとげており,その将来予測が急務となっている。今後の研究においては,新生代寒冷化の進行経緯,過去の温暖期における海氷分布状況,ベーリング海峡の気候的意義,極北文化と気候変動との関係を明らかにしてゆくことが特に重要である。研究の推進においては,国際深海科学掘削計画による北極海海底掘削,砕氷調査船を用いたコア試料の採取,海底地形調査が不可欠である。

(2)IODP Exp 323ベーリング海航海は,過去500万年間の速い堆積速度の堆積物を精査することで,北半球氷床,中期更新世変遷期(MPT),海氷,中深層水とラミナ堆積物,ベーリング海峡ゲートウェイの発達史等を解明することを目的とした。掘削コアリングは,アリューシャン海盆周辺の深度分布を含む計7サイトで成功裏に実施され,高品質のAPCを主体とする総計660本,5741m長のコアを取得した。最大到達年代は,バウワーズ海嶺で500万年前,ベーリング斜面域で250万年前で連続的な堆積物を得た。アラスカ氷床融解の当海域への影響は,430万年前に始まり,330から280-250万年前までに強化された。バウワーズ海嶺付近での本格的な海氷発達は,海氷由来化石種の多産イベントにより270万年前と220-200万年前に見られ,MPT以降では北太平洋中層水形成に影響を与えた。強い氷期におけるベーリング海峡閉鎖時には,ベーリング海で北太平洋中層水形成が強まった。

(3)炭酸塩を主たるテーマとしてIODP(統合国際深海掘削計画)では4航海が実施された。310次航海でのタヒチ島の結果によると,融氷パルス(Melt water pulse=MWP)-1Aの海水準の上昇は12〜22mだったが,融氷パルス-1Bは観察されなかった。325次航海では,グレートバリアリーフで更新世のサンゴ礁掘削が行なわれた。最終氷期最盛期(LGM:20,000年前)には,水温は5℃以上降温していた。307次航海は,北西太平洋の深海サンゴの内部を初めて掘削した。サンゴマウンドの発達の開始は,現代の海洋大循環が大西洋で確立した更新世の最初期に地球的規模で寒冷化した環境変動と相関していた。320/321次航海では,過去5300万年間の時間レンジをカバーする赤道太平洋の深海底より一連の堆積物が採取された。炭酸塩の沈積流量に基づき新生代の赤道域の炭酸塩補償深度(CCD)変化が復元された。
 

「深海掘削計画(IODP)10年の成果(その2)」後半部
2019.2.19
後半部の3論文の概要
4)木村学・木下正高・金川久一・金松敏也・芦寿一郎・斎藤実篤・廣瀬丈洋・山田泰広・荒木英一郎・江口暢久・Sean Toczko;南海トラフ地震発生帯掘削がもたらした沈み込み帯の新しい描像,47-65
5)山田泰広・Jim Mori ・氏家恒太郎・林為人・小平秀一;東北地方太平洋沖地震後の緊急調査掘削(IODP第343次航海:J-FAST)の成果,p67-76
6)稲垣史生・諸野祐樹・星野辰彦・井尻暁・肖楠・鈴木志野・石井俊一・浦本豪一郎・寺田武志・井町寛之・久保雄介;海底下深部生命圏フロンティアの探究と将来展望,p77-92

(4) 2007年開始の南海トラフ地震発生帯掘削計画は,プレート境界で起こる地震発生,断層メカニズムの理解を目的に実施され,掘削の結果,これまで以下の主要な成果が得られた。
 1)南海前弧域は,〜6Ma以降の沈み込み,特に2Ma以降の付加体の急成長によって形成され,プレート境界の上盤を形成することとなった。
 2)プレート境界と分岐断層に沿うすべりは,海底面まで高速ですべり抜けたことがある。
 3)粘土鉱物に富む断層ガウジは静的にも動的にも,絶対的に弱い。
 4)掘削によって応力測定に成功した。多くの地点で最大水平圧縮方向はプレートの収束方向とほぼ平行であり,次の南海地震に向けての応力蓄積の進行が示唆される。
 5)掘削孔設置の観測計が,2016年4月1日に南海プレート境界で72年ぶりに発生した地震による圧力変動を観測した。海底観測網による微小津波観測と同期しており,上盤内の地震時体積収縮を世界で初めて観測した。

(5)海洋では初となる緊急掘削調査(地震直後に科学目的のために行われる掘削調査)が2011年東北地方太平洋沖地震の後に日本海溝で実施され,巨大地震に伴って生じた巨大津波のメカニズムについて多くの知見が得られた。中でも,1)断層帯が薄く(5m)弱かった(低速すべり条件と高速すべり条件でそれぞれ摩擦係数0.2〜0.26と0.08〜0.1)こと,2)この低摩擦の性質は,断層帯に粘土鉱物の一種であるスメクタイトが多く含まれることとThermal pressurizationと呼ばれる摩擦熱による間隙水圧上昇が原因であること,3)地震前と地震後で応力環境が圧縮から伸張に激変していること,などが主要成果である。残された課題として,1)海底から基盤岩までの連続した物性や,2)側方へのすべり不均一性を決定する要素を把握・理解することが挙げられる。これらを解決するためには,近い将来に再び科学掘削が実施されることが望まれる。

(6)約半世紀の歴史を持つ海洋掘削科学は,プレートテクトニクスの実証や過去の劇的な地球環境変動など,教科書にその名を刻む輝かしい科学的成果をもたらしてきた。中でも,「海底下生命圏」の発見による生命生息可能域の大幅な拡大は,それまでの地球生命科学の概念(パラダイム)を覆すマイルストーン的な科学成果の一つである。これまでに,世界各地の海洋底から掘削されたコアサンプルの多面的な分析研究により,水・エネルギー供給が極めて限られた海底下環境に,固有の進化を遂げた膨大な数の未知微生物が生息していることが明らかとなっている。その生態系機能は,極めて低活性な生命活動により支えられている静的なものであるが,地質学的時間スケールで,地球規模の元素循環に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。

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