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津波の定義と性質


津波の定義
2023.06.16
 平成23年(2011年)3月11日に発生した
東日本太平洋沖地震津波から7年後の平成
30年(2018年)に改訂された「海岸保全
施設の技術上の基準・同解説では津波対
策設計基準が2.4津波<処理基準>として
掲載されている。同書は、港湾施設や防
波堤等を除き高潮、津波、海岸浸食から
海岸を保全するための施設設計基準であ
り、河川砂防技術基準(案)の下、国交
省、農林水産省、地方自治体が海岸保全
の施策に用いる最新の基幹的な基準書と
して用いられている。

(1)津波の定義
 津波の津とは港のことである。津波とは古くは港を急に襲う大波の事であ
ったが、暴風時に発生する高潮のように気象擾乱(じょうらん)によって生
じる大波とは区別し、地殻変動等(海底の地震、火山活動、地すべり等)に
よって発生する大津波のみを津波と呼ぶようになった。
 津波の波の高さに関する定義を下図に示す。


 図-1 同書の図[津波の高さに関する定義]をもとに、観測地点における
減衰波形とsinカーブをExcelで作図した。x軸は経過時間(T),z軸は高さ
(H)で各値は模式的なもの。

a)平常潮位
 津波が来襲しなかった場合の潮位。観測された潮位から津波によると考え
られる周期の成分とそれより短い周期の副振動の成分を平滑化して取り除い
た潮位で、東京湾平均海面T.P.または最低水面D.L.を基準とした値で示す。
b)津波の高さ
 津波の来襲中に観測された潮位から平常潮位を差し引いたものを偏差とい
い、その最大値を「津波の高さ」または最大偏差という。
c)津波高さ
 海岸線付近における「地盤高に津波による水浸深を加えた標高」を表し、
T.P.等の基準面を明らかにした上で用いる。津波高さは、設計津波の水位の
設定に当たり、過去の津波の被災履歴や津波シミュレーションによる結果を
整理する際に用いられる。
d)最高潮位
 津波の来襲中に観測された潮位の最高値を最高潮位と言い、T.P.または
D.L.を基準とした値で示す。
e)津波波高・周期
 津波の波形を、風波と同様にゼロアップクロス法によって整理しても良
い。この場合には、観測された潮位が平常潮位を負側から正側に横切る点か
ら次に負側から正側に横切る点までを1つの波として定義し、その間の最高
潮位と最低潮位の差を「津波波高」、その間の時間を「津波周期」とする。
さらに、津波波高の中で最大のものを最大津波波高と定義する。
f)初動
 津波が観測地点に到達し、観測潮位が平常潮位から初めてずれることをい
う。最初のずれの向きが平常潮位の正側である場合を「押し波初動」、負側
である場合を「引き波初動」という。
g)遡上高・痕跡高
 津波が陸上または施設に遡上した高さをT.P.またはD.L.を基準とした値で
示したものを「遡上高」という。遡上高のうち痕跡調査によって求められた
ものを「痕跡高」という。
 例えば、平成5年(1993年)の北海道南西沖地震津波による調査では、遡
上高は、震源側の奥尻島西岸で最大30m、同島東岸(北海道側)で5〜20m
程度、渡島半島西岸(日本海沿岸)で3〜8m程度と報告されている。


津波の性質と堤防等の設計方法
2023.06.16
 上記の基準では津波対策に関して、津波の性質や設計上の基本的事項が整理されている。
(2)津波の伝搬
1)津波の伝播速度(波速)
 海底の地盤変動によって発生した津波は、発生直後においては数多くの周期成分によって構成されるが、一般にはその波長は水深に比べて非常に長い。このため、津波は長波として扱うことができ、波速C(m/s)は次式のように水深のみの関数になる。
 C=√(gh) [m/s]
 ここに、g:重力加速度[9.8m/s2],h:水深[m]

 表-1 津波の伝播速度(波速)
海底地形
深さ(m)
津波の波速C
m/s
km/min
km/h
深海底深度
5000
221
13.3
796
4500
210
12.6
756
4000
198
11.9
713
大陸棚斜面
3000
171
10.3
618
2000
140
8.4
504
1000
99.0
5.9
354
500
70.0
4.2
252
大陸棚
200
44.3
2.7
162
100
31.3
1.88
113
湾口
50
22.1
1.33
79.8
海岸
10
9.9
0.59
35.4

(注:当サイト試算)ここで、2011年3月11日の東日本太平洋沖地震津波を三陸海岸中部・釜石湾の例で見ると、地震発生が14時46分頃、最大波津波15時21分、津波高さ9.3m(釜石港湾合同庁舎津波痕跡;ただし湾口防波堤の津波低減効果あり)で、最大波津波の到達時間が35分だった(土木学会および釜石市災害対策本部)。震源域は日本海溝付近までの幅200kmの範囲であるため、速度変化に伴う屈折現象を考慮しない場合、おおよその平均津波波速CはC=約150km÷35分=4.3km/min=71.7m/sとなる。ちなみに、この速度は258km/hであり、日本の新幹線の通常運行速度に当たる。この平均津波波速にあたる水深hはh=(C^2)÷9.8=525mと逆算される。

2)津波の波長
 伝搬中の津波の波長L(m)は次式により与えられる。
  L=CT=T√(gh)
 ここに、T:津波の周期(s)
 津波の周期は地震を発生させた断層の規模と関係があるといわれており、例えば、1933年の昭和三陸津波では10〜20分、チリ地震津波では50〜60分であった。
 (注)ちなみに、昭和三陸津波で、T=15×60=900s、津波の伝搬における平均水深が仮に大陸棚上で200mであった場合にC=44.3m/sのため、
 L=44.3m/s×900s=40,000m=40kmと長大になる。

3)津波の海面付近での流速
 津波の水粒子の動きは水面から水底まで一様であるが、海面付近においては、津波の峰の部分では津波と同じ向きに、谷の部分では逆方向に動く。その最大流速u(m/s)は次式によって与えられる。
 u=Cη/h=η√(g/h)
 ここに、η:平常潮位を基準とした津波の高さ(m)
 この式は、船舶、海岸施設や住民に影響する海面付近の津波の流速は、水深が浅くなるほど速くなることが分かる。
 (注)湾内でη=10mで水深h=10mの箇所では、√(g/h)=√(9.8/10)≒1のため、u=η×1=10(m/s)と計算され、ηが同じでh=5mと浅くなる場合、√(9.8/5)=1.4のため、u=η×1.4=14(m/s)と計算される。

(3)湾内における津波の変形および共振
 津波が湾内に侵入し、水深が浅く、波向線の幅が狭くなると、それにつれて波高や流速が増加する。水深に対して波高が小さい場合には、津波の高さを次式で求めることができる。

 H/H0=(b0/b)^(1/2)・(h0/h)^(1/4)=Ks・√(b0/b)
 ここに、
 H0,b0,h0:湾口における津波の高さ、波向線の幅、水深
 H,b,h:湾内における津波の高さ、波向線の幅、水深
 Ks:長波の浅水係数

 表-2 湾内の津波の高さの変形
諸元
湾口
湾内
Ks
√(b0/b)
H/H0
水深(m)
h0=3000
h=10
4.16
波向線の幅(m)
b0=500
b=100
2.24
津波の高さ(m)
H0=0.2
H=1.9
9.3

 ただし、この式では反射波や海底摩擦の影響を無視しており、進行波に対してのみ適用できる。
 津波が湾内または港内に侵入したとき、津波の周期が湾内または港内の水面変動の固有周期に近い場合には、共振によって津波が増幅される。
 例えば、1933年の昭和三陸津波と1960年のチリ地震津波を例に、三陸沿岸の各湾の固有周期T0(4〜46min)に対する増幅率(湾奥と湾口の最大津波波高の比)が調べられた。この結果、周期が10〜20分と短い昭和三陸津波では固有周期が10〜20分と短い湾で増幅され(1〜3倍)、周期が50〜60分と長いチリ地震津波では固有周期が20〜46分と長い湾(大船渡湾など)で増幅された(1.5〜3倍)。
 湾の固有振動は湾内の津波の特性を考える上で非常な重要な要素であり、矩形状の湾では湾の固有周期を求める式がある。ただし、実際の湾では地形が複雑であり、その固有周期を詳しく調べるためには数値解析を行う必要がある。

(4)段波について
 沿岸部の海底勾配が数十kmに渡って緩く、その沖合が急になっている海底地形では津波が段波状になって伝播することがある。段波状とは津波先端の前方と後方とで段差がある状態をいう。1983年の日本海中部地震津波の際には、秋田県北部(海岸線から30kmの範囲が1/200程度の緩やかな勾配)で、この現象が目撃された。津波の高さが同じであれば、顕著な段波をつくらない重複的な津波より、段波的な津波のほうが遡上高は大きくなる傾向がある。

(5)過去の代表的な津波
 津波を伴う大きな地震波は太平洋及びフィリピン海プレートの境界(沈み込み帯)にあたる太平洋沿岸の千島列島沖〜十勝沖〜三陸海岸沖〜関東・駿河湾〜紀伊半島沖〜高知沖〜日向灘〜琉球弧沿岸に発生している。また、日本海の北海道沖から新潟沖にかけても発生している。また、1974年の渡島大島と1792年の島原半島の津波は火山活動に伴う地すべりによって発生した。


 図-2 日本及びその周辺の海域で発生した津波の波源域(波源域中心位置を図示。丸の大きさは津波規模階級を表す。)
[出典]渡辺偉夫(1998)日本津波被害総覧(第2版),東京大学出版会,238p
 表-3 津波規模階級
規模階級m 津波の高さH 被害の程度
-1
50cm以下 なし
0
1m程度 非常にわずかの被害がある
1
2m程度 海岸及び舟(船)の被害
2
4〜6m程度 若干の内陸までの被害や人的損失
3
10〜20m程度 400km以上の海岸線に顕著な被害
4
30m以上 500km以上の海岸線に顕著な被害

 日本列島沿岸を除くと、インドネシア〜パプアニューギニア〜ニュージーランド沖やチリ沖等の南米太平洋岸およびアリューシャン列島から北米沿岸、カムチャッカ半島から千島列島にかけての海域で発生した津波が多い。また。地中海やイベリア半島でも発生している。いずれも、大部分はプレート沈み込み帯の海域地震地帯に関連している。一部には日本と同様に火山活動による津波が発生した(インドネシアのクラカトア噴火津波など)。


 図-3 世界で発生した津波の波源域
[出典]渡辺偉夫(1998)日本津波被害総覧(第2版),東京大学出版会,238p

(6)設計津波の水位(対策工の設計計算を行うため)
 設計津波の水位は、地域沿岸[注]毎に以下の手順で設定することを基本とする。
[注]海岸保全基本計画を作成すべき一体の海岸の区分(沿岸)を、「湾の形状や山付け等の自然条件」、「文献や被災履歴等の過去に発生した津波高さおよびシミュレーションの津波高さ」から、同一の津波外力を設定しうると判断される一連の海岸線に分割したもの。
 a)過去に発生した津波の津波高さの整理
 ・痕跡高調査(土木学会海岸工学委員会による現地調査マニュアル等)
 ・歴史記録及び文献等(中央防災会議等による)
 b)シミュレーションによる津波高さの算定
 c)設計津波の水位設定のための対象津波群の設定
 d)設計津波の水位の設定
 (詳細略)

(7)津波の伝播に関する数値計算および水理模型実験
 沿岸における津波の高さ、施設の建設による地形の変化が津波におよぼす影響について詳細に調べるためには、数値計算又は水理模型実験を行う。
 津波の数値計算では、平面的に配置した計算格子の各点に対して、地震断層モデルによる海底地盤変位量を弾性理論解から求め、これによって生じる水位の変動量を初期値として与え、海水の運動を経時的に計算していく。
 (中略)
 水理模型実験によっても沿岸部の津波高さを調べることが出来る。この場合、水槽の沖側の境界における津波波形をあらかじめ数値計算によって求めておき、この波形を造波装置又は起潮装置によって再現する。

(8)津波の陸上又は堤防への遡上に関する数値計算および水理模型実験
 津波の陸上又は堤防への遡上高は、既往の津波の実測値、痕跡高から求めることが出来る。また、実測値、痕跡高を十分に再現できる数値計算、水理実験もしくは適切な算定式によって求めてもよい。(中略)
 津波の数値計算には様々な手法があり、いずれの手法を用いる場合であっても、過去の津波の痕跡高や検潮記録との比較を行い、その手法の妥当性を検討しておく必要がある。

(9)単純な地形における津波の遡上高
 単純化された地形における津波の遡上高は、理論式や水理模型実験によって求められる。Shuto(1972)、富樫・中村(1975)、松山ら(1998)

(10)津波の波力(非越流時,段波,越流時)
 堤防等の海岸保全施設に作用する津波の波力には未解明な部分が多く、津波の波高が同じであっても、その波形によって波力が大きく異なることが知られている。
 このため、海岸保全施設に作用する津波の波力を算定する際には、来襲する津波の波形や海岸保全施設の設置水深等に応じて適切な算定式を選定する必要がある。
 a)津波防波堤に作用する波力
   谷本式・修正谷本式/静水圧差による算定式
 b)胸壁(陸上設置)に作用する波力
   非越流時の津波波力/越流時の津波波力
 (詳細略)

(11)津波による洗堀を考慮すべき理由
 東北地方太平洋沖地震津波の越流等の被災状況の分析による。堤防では来襲した津波が堤防を越流した後、裏法を流下し流速が速くなった状態で裏法尻部の地面等に衝突することにより洗堀が起こり、これをきっかけに裏法被覆工等の損壊、流失を引き起こす被災形態が考えられている。(中略)
 (したがって、)設計津波を越える津波の作用に対して堤防・胸壁の損傷等を軽減する構造の検討においては、設計津波を越える津波による洗堀を考慮する必要がある。

[参考]
(1)津波の発生原因 (略)
(2)地震と津波の規模 (略)
(3)検潮記録上の津波
 過去に来襲した津波の性質を知るために、検潮記録は非常に有効なデータである。ただし、データの利用にあたって次の点に留意すること。
 a)検潮所が港内にある場合、津波が防波堤等施設の影響を受け、港外とは性質の異なる津波を観測している可能性がある。
 b)比較的周期の短い津波では、海水が導水管を通って検潮井戸に入るまでに、エネルギー損失が生じ、検潮所の周りに来襲した津波より小さな津波を観測する傾向がある。

(以上)

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